指導者の条件(4) - 「軍隊」と「一揆」との相違

日本最初の西欧型大組織 軍隊

組織というものは、予定調和というような目標を設定して、それに応じたものを組織的発想で作り出していくものだが、日本では組織それ自体がすぐに存在意義をもってしまう。

日本の組織が共同体的要素(家族的)を持つルーツとしては、共同作業である稲作に求めることができ、その組織には「和」を保つために「世話人型指導者」がいれば十分であった。つまり、目的の変化に応じて組織替えする必要のない社会であった。

しかし、本来組織と家族とは分けて考えるものであり、個人という意識、個人主義を基礎に置かないと厳密な意味では成り立たないものである。

欧米型の組織の特徴としては、スタッフとラインとを厳密に分け、スタッフである参謀が確実なプランを作り、司令官がそのプランの中から一つを選び実行する。しかし、日本人は自分の領域が明確化されていないので、流れをつかむためにとなりの領域にまで首を突っ込むはめになる。

これまで、この輸入した西欧型組織と日本人の意識および日本の社会構造とのギャップはいろいろな形で処理されてきました。そのうちの一つはまだ西欧化が足りないということでした。これは西欧化を進めればうまくいくという発想ですが、足りない、足りないと言っているうちに、ますますうまくいかなくなってしまったように思います。

日本型組織「一揆」の成立

中国式の組織

日々の実務をやっている人間からの情報はもちろん必要ですが、これだけに頼っていると、その部署にとって不都合な情報はあがってこないわけです。ですから、別のルート絵情報が上がってくるように、ちゃんと別の期間として作ってある。


一揆の特徴

  • 合議制
  • 日本的「契約」=みんなで申し合わせて集団規約を作る
  • 加盟した者の利害が優先されるので、攻めに弱く守りに強くなるケースがある

なんらかの目的に対して集まったため、当事者意識は強く、与えられた仕事は自ら進んでこなすシステムであったようだ。

ぶどうの房型組織
一揆連合のようなリーダーは、上下契約によるツリー型組織ではないが利害を通して結びついている集団を一定の方向に動かさねばならない。そのために両者間に取引が発生する。

上から何か来たら下は談合をする、というのが日本の社会なのです

組織とは情況に対応すべきものであるが、(中略)日本人の集団主義というのは、各集団が自己主張してどんどん増殖していけばいいのですから、攻撃が出来る場合は非常にうまくいく。しかし、形勢が悪くなって撤退しなければならない情況になると、集団主義の悪い面が必ず出てきます。

この手の組織をハンドリングするには、実務処理能力、一種の「知恵」が必要。